IIJでは広報誌「IIJ.news」を隔月で発行しています。本blogエントリは、IIJ.newsで連載しているコラム「インターネット・トリビア」と連動しています。
コラムの前半部分はIIJ.news vol.110(PDFで公開中)でご覧下さい。

IPマルチキャストで効率を改善

コラムの前半では地上波テレビなどの「放送」と、インターネット上での「配信」の違いを取り上げました。インターネット上での配信は電波による放送と異なり、サーバから各視聴者に対してそれぞれ一対一でデータが送信されるのが、デメリットでもありメリットでもあります。

ところで、インターネット(を、構成する技術)でも、一対一ではなく、放送のように一対多でデータを送信することができます。それがIPマルチキャストです。

IPマルチキャストではサーバから送り出されるデータは一つです。このデータが途中のネットワークで分岐(複製)され、それぞれの端末で受信されるのです。この方式であれば、視聴者が何人になってもサーバから送り出されるデータは一定量であり、サーバの負荷が増えるわけではありません。また、データの複製は端末に近い位置にある機器(マルチキャストルータ)で行われるため、通信経路にあるネットワークでは必要最小限のデータだけが流れ、ネットワークにとっても優しい方式だと言えます。

ただ、良い話ばかりではありません。一般的な通信方式(ユニキャスト)では、ネットワークは流れて来たパケットを適切なところに中継するだけでしたが、マルチキャストでは、自分の管理対象にそのデータを受信すべき端末があるかどうかを覚えておいて、必要がある時だけデータを複製するという処理が必要になります。これは、ユニキャストと比べるとかなり複雑な処理です。

マルチキャストで通信を行うためには、通信経路上の各所に設置された機器(ルータ)がこのような処理を行わなければならないのですが、残念ながらインターネット上の機器の多くはマルチキャストに対応していません。このため、「インターネット全体」でマルチキャストを使うことは難しいのが現実です。

法律で解釈するIPマルチキャスト

とはいえ、インターネット全体では難しくても、マルチキャストに対応することを前提に作られた特定のネットワーク内であれば、マルチキャストは大変有効に活用できます。それを動画の配信に応用したのが、「IPマルチキャスト放送」です。現在国内では5つの事業者がIPマルチキャスト放送を使ったサービスを提供しています。これらのサービスは、インターネットのどこでも利用できるわけではなく、それぞれ対象のISPでしか利用できません。また、パソコンではなく専用のセットトップボックス1を使って視聴します。つまり、インターネット上の動画配信サービスと異なり、ケーブルテレビのようなサービス形態となります。配信されている番組も、ケーブルテレビのように用意されたいくつかのチャンネルで番組表に基づいて随時番組が流されています。2

実はこのサービス、名前に「放送」と入っているとおり、「通信」ではなく「放送」にカテゴライズされています。これが実は重要で、日本では歴史的経緯から「通信」と「放送」は法律上異なる扱いを受けており、それぞれにまつわる規制や著作物の利用条件が異なっていました。大変おおざっぱに説明すると、「放送」は一定の公共性があるとされ、番組編成など満たさなければならない基準が高い代わりに、著作物の利用についてはある程度の優遇があります。

従来、インターネット的な技術を用いたサービスは、あくまで「通信」のカテゴリとされていたのですが、2001年6月29日に成立した「電気通信役務利用放送法」により、「有線通信役務を利用した放送」が認められ、一定の条件を満たした場合に「放送」として取り扱われるようになったのです。3

ところが、放送に関する法律は放送法(とその関連法律)だけではありません。著作物の利用に関する取り扱いは、放送法ではなく著作権法で定められています。

著作権法によれば、著作物を公衆に向けて送信する権利として「公衆送信権」があり、その行使の一形態として「放送」「有線放送」という行為があると定義されています。しかし、インターネット的な技術で著作物を配信するのは放送ではなく「自動公衆送信」という行為であるとされています。そして、「放送」「有線放送」に比べると、「自動公衆送信」は著作物の権利者の権利が広く認められています。これもおおざっぱに説明すると、「放送」「有線放送」で権利者の許諾を得る必要が無く著作物を利用できるケースでも、「自動公衆送信」の場合は権利者の許諾を得る必要があった、ということです。

電気通信役務利用放送法が成立した2001年以降も著作権法は暫く改訂されず、IPマルチキャスト放送で番組を配信する場合は、放送よりも手間をかけて権利処理を行わなければならないという状態が続きました。

しかし、2006年12月に著作権法が改正され、状況が変化します。改正著作権法では、「自動公衆送信」の中でもIPマルチキャストを使った配信サービスを「入力型自動公衆送信」と区別した上で、入力型自動公衆送信において「同時再送信」4を行う場合に限っては、著作物の取り扱いを有線放送と同等とすると定めたのです。これにより、IPマルチキャスト放送でも有線放送並みの権利手続きで番組を配信することができるようになりました。

なお、注意しておきたいのは、IPマルチキャストではなくユニキャストを使ったサービスは、従来通りの「自動公衆送信」のままだということです。また、入力型自動公衆送信であっても同時再送信ではない場合(録画した番組を別の時間に送信したり、自分で編成した放送)は従来通りの権利処理となります。

このあたりの詳細な解説は、文部科学省・総務省が文書にまとめて公開しています。特に、「IPマルチキャスト放送」がなぜ公衆送信権上「放送」ではなく「自動公衆送信」なのかという点は、技術的な実装をどのように法律で解釈するかという点で非常に興味深いと思います。ここでは詳細は紹介しませんので、気になった方は是非この文書をご覧下さい。

「インターネットで動画が見られるサービスが流行っている」というところから出発したこのコラムですが、技術的な方式の話しから法律上の取り扱いにまで話しが及んでしまいました。「画面で動画を見る」という、ただそれだけのサービスなのに、それを支える技術も法律も大変にややこしいものです。サービスを作る側としてはこのあたりのことがもっとすっきりしてくれると嬉しいのですが、現状の複雑さを見る限り、このあたりの混乱はもう暫く続くのかなと感じてます。

  1. ケーブルテレビのチューナーのようなもの []
  2. VODサービスと組み合わせて提供している事業者もあります []
  3. 「電気通信役務利用放送法」は2011年6月30日に廃止され、現在IPマルチキャスト放送は「放送法」に定められる「一般放送」として区分されるようになりました。 []
  4. 現在放送中の番組を受信してそのまま流すこと []