IIJでは広報誌「IIJ.news」を隔月で発行しています。本blogエントリは、IIJ.news連載コラム「インターネット・トリビア」を転載したものです。IIJ.newsはご希望者へ郵送でお送りしています。また、IIJ Webでも記事をご覧頂けます

IIJ.news vol.178 もくじ

IIJ.news vol.178

  • ぷろろーぐ「AIは向こう岸」 / 鈴木 幸一
  • IIJアカデミーとIT人材育成
    • IIJアカデミー ~現役エンジニアに求められる実践的な学びの場 / 久島 広幸
    • システム人材の確保・育成に向けて / 村林 聡
    • 現場部門による人材育成の取り組み / 中 嘉一郎
    • IIJ が提供するIT人材育成プログラム
    • IIJ DX 人材アセスメントソリューション DX に取り組む人材配置から育成計画までを後押しするソリューション / 中津 智史
  • デジタル革命の海へ : 2100年のニッポン / 谷脇 康彦
  • 人と空気とインターネット: 気質診断テスト / 浅羽 登志也
  • 社会を支えるIIJ: インターネットと作る未来「無限の可能性。石垣市のGIGAスクール構想」
  • インターネット・トリビア: 本日は晴天なり / 堂前 清隆 ※この記事で掲載
  • グローバル・トレンド: タイ生活あれこれ / 村中 翔
  • パラアスリート 笹島貴明のROAD to PARIS / 笹島 貴明

それぞれの記事はWeb版 IIJ.newsでお読み頂けます。

インターネット・トリビア: 本日は晴天なり

「本日は晴天なり、本日は晴天なり」。会議室やステージに設置されたマイクの調子を確認するのに、こんな言葉を使っているのをよく見かけます。実は、マイクのテストをする時は「本日は晴天なり」と言わなければならないと法律で定められているのです……なんて言ったら驚かれるでしょうか。

オチをばらしてしまうと、まったく根拠がないわけではありませんが、こじつけに近い屁理屈のような話です。今回は「本日は晴天なり」の理由を追いかけてみましょう。最初に、この理屈を成立させるには、対象のマイクが電波を使ったワイヤレスマイクである必要があります。有線のマイクやカラオケボックスにあるような赤外線方式のワイヤレスマイクではいけません。日本の電波法では、電波を使って音声などの音響信号を伝送する設備のことを「無線設備」と言い、人が無線設備を使用して送信を行なうと、それは「無線局」となります(電波法第二条)。従って、電波を使ったワイヤレスマイクは、法的には「無線局」となります。電波法令上は「ラジオマイク」と呼ばれますが、ここでは一般的な用語として「ワイヤレスマイク」と呼びます。

そして、無線局の運用には電波法と関連法令によって、さまざまな指示がなされています。ここで注目するのは、無線局運用規則第三十九条「試験電波の発射」です。この条文では「無線局は、無線機器の試験又は調整のため電波の発射を必要とするときは……」との書き出しに続いて、「VVV」という符号を連続して送信するようにと記載されています。 「VVV」であって、「本日は晴天なり」とはどこにも書かれていないじゃないかと思われるかもしれませんが、この「VVV」は電信で使われる「モールス符号」です。

世界の無線通信は「トン・ツー」の電信から始まりました。そのため法令上も電信を使うことが前提になっているのです。そして、音声を使った「無線電話」で通信する場合、同規則第十四条の定めにより、「VVV」を「本日は晴天なり」と読み替えると定められています。

これでようやく話がつながります。まず、無線を使ったワイヤレスマイクは、法的には「無線局」の1つであるということ。無線局が試験電波を発射する時、音声を扱う「無線電話」では「本日は晴天なり」を送信することが定められていること。この2つによって、ワイヤレスマイクの調子を確認する時は「本日は晴天なり」が法に定められている、という理屈になるのです。

この話を読んで「じゃあ、法律どおりにやってみよう」と考えた方もいらっしゃるかもしれませんが、残念ながらむずかしいようです。というのも、無線局運用規則第三十九条では試験電波の発射の際に「本日は晴天なり」だけでなく、「自局の呼出符号」の送信も必要であると定められているからです。会社の会議室で使われる比較的簡易なワイヤレスマイクなどは、無線局を特定する「呼出符号」や「識別信号」が指定されておらず、これを送信できないため、法令に書かれているとおりにはならないのです。

ところで、そもそもどうして法律で「本日は晴天なり」という言葉が採用されたのでしょうか?これには諸説あるようですが、欧米で音響機器のテストの際に使われていた「It’s fine today.」という言葉を直訳したという説をよく耳にします。この英文は短いですが、マイクなどが扱いにくい破裂音や摩擦音が含まれ、さらに音の高低の広がりがあるため、機器の調子を確認するには都合が良い、と説明されています。もしそうだとすると、翻訳された日本語にはもとの英文にあったテストに適した音が含まれていないので、言葉としてはふさわしくないのかもしれません。

何気なく使われている「本日は晴天なり」という言葉にも、実はいろいろなトリビアが隠されているのです。