最近のMVNO周辺で語られる大きなトピックに音声通話関連の新たな動きがあります。一つは「プレフィクス自動付与機能」による音声通話機能の提供の実現、もう一つは「MVNOへの電話番号の指定(MVNOへの電話番号の割り当て)」です。両者とも報道では「MVNOの通話料金が安くなるのでは?」という期待と絡めて語られているようですが、どちらもなかなかにややこしい事情があり、全体像を掴むのが難しい話になっています。

キャリア・MVNOを含めた日本の電気通信事業には様々な規制や制度があり、各事業者はその中で営業しています。しかし、規制や制度は不変のものではなく、社会の変化や事業者からの要望によって変更されることがあります。こうした変更が行われる前に、政府(総務省)が有識者によって構成された審議会などに検討依頼(諮問)を行い、有識者の回答(答申)を受けた政府が法令の改定等を行うといった手順が取られる事があります。

「プレフィクス自動付与機能」や「MVNOへの電話番号の指定」についても有識者会議での議論が行われており、その経過を追うことでそれぞれのトピックが何を目的として、どういった議論の経過をたどっているかを把握することができます。総務省のWebサイトをみながらそれぞれの議論の経過を追いかけてみましょう。

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「プレフィックス自動付与」による音声通話機能の提供

MVNOの通話料金が議論の対象になるまで

MVNOが音声通話サービスを提供するようになった2014年から2020年まで、MVNOがご利用者の皆さんから頂く音声通話の通話料金は、一部の例外を除いて「30秒/20円」から変わっていません。2014年というと、データ通信が「1GB/900円(月額)」の時代です。2020年末の時点で「3GB/900円(月額)」と1/3まで値下がりしている中、音声通話料金はお値段据え置きのままでした。

音声通話料金が長年変化していないことの理由の一つに、MVNOが設備を借りているキャリア(大手携帯電話会社)からの卸料金が変化していないことが挙げられます。2014年~2020年の間に、データ通信の接続料(卸料金)は約78万円から約41万円に下がった1のに、音声通話料金の卸価格は14円(割引き後価格)のまま変化がありません。

データ・音声接続料の変遷 (docomo)
データ・音声接続料の変遷 (docomo)

こうした状況についてMVNO各社から「検討が必要ではないか」と課題が提起され、総務省の情報通信審議会で検討が行われた結果、「音声卸料金の適正性の確保」について検証を行うことが適当という答申が行われました。これを受け、2019年12月に開催された「接続料の算定に関する研究会」の中で「モバイル音声卸の価格」について検証を進めることが確認されました。

この時点で報道では「キャリアがMVNOに提供する通話料金(卸価格)が引き下げられる方向」と報じられたのですが、実際には「これから検証を開始する」という段階です。キャリアにもMVNOにも、この先有識者の間でどのような議論が行われるのか、どういう形で決着がつくのかは全く予想がつけられない状態でした。2

代替性議論

実は、この議論が始まった時点でも、いくつかのMVNOでは「30秒/20円」を下回る通話サービスを提供しています。例えば、IIJmioでは「みおふぉんダイアル」という名前で「30秒/10円」の通話サービスを提供していました。

これは中継電話(第三者課金サービス)という仕組みを利用したもので、MVNOの契約者が電話を発信するときに、電話番号の頭に特定の数字(みおふぉんダイアルの場合は0037691)をつけることで、一旦中継電話サービスを提供する事業者の電話交換機を経由して電話を繋げるというものです。この特定の数字のことを「プレフィクス番号」と呼びます。いちいち皆さんにプレフィクス番号をつけていただくのは大変なので、自動的にプレフィクス番号をつけて発信するアプリ(みおふぉんダイアルアプリ)」を提供しています。

中継電話事業者を経由すると通話料金が安くなるからくりについては、筆者が以前ITmediaに寄稿した記事でも紹介しています。

こうした中継電話を利用した通話サービスの存在を背景として、接続料の算定に関する研究会では「音声通話卸に代替性があるか」という議論が行われることになりました。ここでいう代替性というのは、キャリアがMVNOに対して提供する通話サービスについて、MVNOがキャリアに頼らずに同等の機能を持つサービスを調達できるかどうか、ということです。

代替性がある
キャリアが提供するサービスが不十分であれば、MVNOは他の手段でサービスを調達すれば良い。(だからキャリアのサービス内容・価格に国が介入する必要はない)
代替性がない
キャリアが提供するサービスが不十分であっても、MVNOはそのサービスを使わざるを得ない。(公正な競争環境を作るためには、キャリアのサービス内容・価格に国が介入する必要がある)

ある見方をすれば「プレフィクス番号を使ってMVNOはキャリア以外(中継電話事業者)から通話サービスを仕入れているのだから代替性がある」と言えるでしょうし、別の見方では「いちいちプレフィクス番号をつけたりアプリを使ったりするサービスは一般的な通話サービスと同等とは言えない3ので代替性がない」と言えるでしょう。

つまり、元々の議題であった「キャリアの音声卸通話料金は妥当かどうか」について検討の必要があるか・必要が無いかという入り口の議論が行われることになりました。そして、有識者会議では一旦「中継電話を使ったサービスでは代替性がない」という判断となります。つまり、キャリアの音声卸通話料金は妥当かどうかについて検証を行うというものです。

しかし、ここでキャリアから新たな提案が行われます。2020年1月開催の接続料の算定等に関する研究会(第28回)において、docomoから「交換機におけるプレフィックス(00XY)付与」による音声通話機能提供の提案が行われます。これが「プレフィクス自動付与機能」です。

交換機におけるプレフィックス( 00XY )付与
交換機におけるプレフィックス( 00XY )付与

docomoを含めたキャリア三社は「プレフィクス自動付与機能があれば、代替性は確保される」と提案しましたが、この時点で提示された資料はパワポ数ページだけで具体的な提供条件がわかりません。そこで、接続料の算定等に関する研究会では、「プレフィクス自動付与機能」とはどのような機能か、それがある事によって代替性が確保されるのかと言うことについて、改めて議論を行うことになったのです。

モバイル音声卸についての再検証
モバイル音声卸についての再検証

プレフィクス自動付与機能による音声通話機能の提供

そして接続料の算定等に関する研究会での議論を経て、今年2月にプレフィクス自動付与機能の輪郭が見えてきました。従来の中継電話を使ったサービスとの比較で紹介します。

これまでMVNOがキャリアから音声通話サービスの提供を受けるときは「」という契約でした。この契約の場合、MVNOの利用者が電話番号をそのままダイアルした際には、MVNOに回線を提供しているキャリアAの交換機から、通話先の電話会社Bの交換機を経て、相手に電話が繋がります。利用者がプレフィクス番号をつけてダイヤルした際にはキャリアAの交換機がプレフィクス番号を識別し、通話を中継事業者Pに中継します。中継事業者Pはプレフィクスが取り除かれた電話番号を識別し、電話会社Bの交換機へと通話を中継します。

卸契約+中継電話サービス
卸契約+中継電話サービス

一方、キャリアが提案している「プレフィクス自動付与機能」を利用した場合は、キャリアとMVNOの関係が「接続契約」となります。契約の体裁は変わるのですが、実際の通話の流れは大きく変わりません。「プレフィクス自動付与機能」の名称の通り、利用者が発信時にプレフィクス番号をダイアルしなくても、キャリアAの交換機が自動的にプレフィクスをつけたことにして、中継電話事業者の交換機に通話を中継するという点だけが異なります。なお、中継電話事業者が対応できない一部の通話(緊急通報など)は、接続契約であっても卸契約と同様にキャリアの交換機から直接中継されます。

音声接続+プレフィクス自動付与機能
音声接続+プレフィクス自動付与機能

通話の流れが「卸契約+中継電話」と「接続契約」でほぼ同じなのと同様に、お金の流れも「卸契約+中継電話」と「接続契約」でほぼ同じとなります。音声通話にかかる費用には、月々の固定料金(基本料金に相当する費用)と従量料金(通話料金)があります。

基本料金については、MVNOとキャリアの契約に基づいて、キャリアがMVNOに請求します。通話料については、キャリアAの料金と、中継事業者Pの料金と、通話先の電話会社Bの料金の三つが発生します。キャリアA・電話会社Bの料金は一旦中継事業者Pに請求され、中継事業者PがまとめてMVNOに請求するという流れになります。

接続契約+プレフィクス自動付与機能における料金精算
接続契約+プレフィクス自動付与機能における料金精算

このキャリアAの料金は「(音声)接続料」「アクセスチャージ」と呼ばれ4、各社の接続約款と呼ばれる書面で公開されています。これをご覧になった方が「MVNOの仕入れ料金が大きく下がるのでは」と期待される事もあったようですが、MVNOにとっての仕入れ値はこのアクセスチャージの額ではない事に注意してください。また、アクセスチャージの額自体は「卸契約+中継電話」と「接続契約」で同額となります。

ここでは一般化のためMVNOと中継電話事業者が別々の会社という想定で書いていますが、一つの会社がMVNOと中継電話事業者を兼ねているケースも考えられます。

「自動プレフィクス番号付与機能」の議論の現状

記事執筆時点では接続料の算定等に関する研究会(第44回)まで議論が進んでいます。こちらの配付資料にもあるとおり、各社から代替性の検証をどのように行うべきかの意見が提出され、代替性についての議論が続けられている状況です。本件についての結論が出るには、まだしばらくの時間がかかると思われます。

MVNOへの電話番号の指定(MVNOへの電話番号の割り当て)

接続料の算定に関する研究会で自動プレフィクス番号付与機能についての議論が進んでいるなか、2021年5月に新たな動きがありました。それがMVNOに直接電話番号を割り当てることができるかどうかと言う議論です。次にこの件について紹介しましょう。

MVNOの電話番号

日本では総務省が電話番号の使い方を管理しており、各電話会社に割り当てています。5docomo、KDDI(au)、SoftBank、楽天モバイルの4キャリアは総務省からそれぞれまとまった範囲で電話番号を割り当てられ、その範囲内で利用者に割り当てる電話番号を管理しています。MVNOはキャリアから回線の提供を受ける際に、SIMカードと一緒にキャリアに割り当てられた電話番号を指定され、それを利用者にお知らせしています。つまり、MVNOの電話番号はキャリアの電話番号の一部なのです。

MVNOがキャリアの用意したプランの範囲内でサービスを提供するだけであればこれでも問題はありません。しかし、キャリアの用意したプランを越えた、独自のサービスを提供しようとすると、そのサービス内容によってはMVNO自身で電話番号を管理する必要が出てくることがあります。

実は、IIJが運用しているフルMVNO基盤でも既にこの問題に突き当たっています。IIJのフルMVNOではSIMカードの管理をIIJ自身で行うため、そのSIMカードで利用する電話番号をIIJ自身が管理しなければなりません。ですが、現在の日本の法令はMVNOが独自に電話番号を管理することを想定しておらず、MVNOに電話番号を割り当てることが制度上できないのです。このため、IIJのフルMVNOでは、IIJが管理する電話番号に相当する範囲の電話番号を総務省から一旦docomoに割り当ててもらい、それをIIJが利用するという形で対応しています。

情報通信審議会 電気通信事業政策部会への諮問

こうした状況に対して、2021年5月に開催された情報通信審議会 電気通信事業政策部会(第56回)で政府から有識者に対して問いかけられたのは、「MVNOに電話番号を割り当てられない事になっている法令を変えるべきか」「MVNOに電話番号を割り当てを認めるのであれば、どのような条件をつけるべきか」ということです。

デジタル社会における多様なサービスの創出に向けた電気通信番号制度の在り方 諮問書
デジタル社会における多様なサービスの創出に向けた電気通信番号制度の在り方 諮問書

この諮問のポイントは「音声伝送携帯電話番号」つまり、音声通話が可能な電話番号(090/080/070)についての検討を主目的にしていることです。先ほど触れたIIJのフルMVNOではデータ通信のみの提供で、ここで使われる電話番号はデータ通信のみが利用できる電話番号(020)です。020番号については「上記の検討に併せ、以下の検討も行う。」ということで検討課題には含まれているものの、二番手扱いの議題です。

MVNOと音声通話

「自動プレフィクス番号付与機能」についての説明でも触れましたが、MVNOが提供する音声通話サービス(090/080/070番号を使うもの)では、キャリアや中継電話事業者の設備が使われており、MVNOが独自に音声通話設備を持っているわけではありません。6

これは、ビジネス上の判断としてMVNOが音声通話設備の保有に積極的ではなかったこともありますが、その背景にはMVNOが音声通話設備を保有し、音声通話サービスを提供するには様々なハードルがあったことも関係しています。

音声通話をキャリアからMVNOに接続する方法が決まっていない

日本のMVNOが制度として整えられた直後から、データ通信についてはキャリアとMVNOの設備を相互に繋ぐ方法が技術的にも検討され、制度として整えられてきました。しかし、音声通話については技術的な検討が行われていません。このため、MVNOが音声通話設備を保有するためには、まず、キャリアとどのように接続を行うかと言うことを議論し、場合によってはキャリアの設備を改造してもらう必要があります。

MVNOの音声通話設備についての課題
MVNOの音声通話設備についての課題

MVNOの音声通話設備を他の電話会社と接続する必要がある

MVNOが持つ音声通話設備はキャリアと接続するだけでは不十分です。電話をかける先は他の携帯電話会社、NTT東西などの固定電話会社、050番号を使うIP電話会社、そして国際電話のための海外の電話会社などと、多岐にわたります。一般の方が利用する「電話」サービスを提供するためにはMVNOの音声通話設備とこういった会社と接続しなければなりません。

緊急通報など特殊な接続先

「電話」サービスとしては110番や119番、118番などの緊急通報も重要な機能だと考えられます。実はこれらの緊急通報は発信者情報の通知など特別な機能があるため、各都道府県の警察本部(50箇所)・市町村の消防指令センターなど(約600箇所)・海上保安本部(11箇所)とそれぞれ個別の設備で接続しなければなりません。

各社のMNPシステムへの接続

また、音声通話が可能な電話番号についてはMNP(モバイルナンバーポータビリティー)の対象になっています。いまでもMVNOの音声通話サービスはMNPの転入・転出に対応していますが、実はいまのMVNOはMNPのシステムもキャリアのシステムを利用しています。MVNOが独自の音声通話機能を持つためには、独自にMNPのシステムを持ち、各社のMNPシステムにも接続する必要があります。

このように、090/080/070番号を使う音声通話サービスをMVNOが提供するためには様々なハードルがあります。仮にMVNOが電話番号の割り当てを受けたとしても、こうした課題が解決しない限りは音声通話サービスを提供することができないため、これまでMVNOが電話番号の割り当てについて積極的ではありませんでした。

「MVNOへの携帯電話番号割り当て」の議論の状況

電話番号の割り当てについては、まさに諮問が行われた直後、情報通信審議会 電気通信事業政策部会 電気通信番号政策委員会(第26回)において有識者が検討を開始したところです。本委員会においては、2021年12月に答申を出すというスケジュールで議論が進められると言うことですので、12月には何らかの方針が出る見込みです。ですが、この議論の結果が法令に反映されるためにはさらに手続きが必要になると推測されます。

また、この議論の方向性によっては先に挙げたMVNOが音声通話サービスを提供するためのハードルについても前提条件が変わってくる可能性があります。そのため、これら他のハードルの解決のためにどうアプローチしていくかの議論は、情報通信審議会の答申以降に始まるのではなかろうかと考えられます。

MVNOを取り巻く議論

MVNOは通信設備の一部をキャリアに依存しており、単独ではサービス提供を行うことができない事業者です。また、MVNOはそもそもキャリアを含めた競争を活性化させるために作られた制度でもあり、単純な市場原理だけでは公正な競争が実現できないという現実もあります。

こうした状況下でキャリア・MVNOが競争を行い、よりよい通信サービスを提供するために、様々な有識者会議が立ち上げられ、そこで議論が行われています。各会議ではそれぞれ複数のテーマについての議論が長期間にわたって行われているため、一見しただけではその全体像が掴みにくいですが、資料を一つ一つ追いかけていくことで議論の経過を追いかけることができるかと思います。興味があれば総務省のWebサイトで公開されている議事録などを追いかけてみてください。

※記事執筆時点では消費者向け商品・サービスの価格表記は税込みで表示することが義務づけられていますが、本記事で取り上げる期間中に消費税率が変更されており表記が煩雑になるため、本記事内では税抜き価格で表記しています。

  1. docomoの場合 []
  2. 全く見通しが立たない状況なのに、この時点でいろんな方から「IIJmioはいつ音声通話を値下げするんですか?」という質問が私のところにやってきて、回答に窮したものです…… []
  3. 中継電話ではVoLTEの高音質通話が利用できない、アプリからのコールバックが不便、プレフィクスをつけ忘れると通常料金を請求されるリスクがある、といった部分が指摘として上げられます []
  4. docomoでは「通話モード接続機能」の料金と呼びます []
  5. これを電話番号の指定と言います []
  6. MVNOと中継電話事業者が同一の会社の場合を除く []