IIJでは広報誌「IIJ.news」を隔月で発行しています。本blogエントリは、IIJ.news連載コラム「インターネット・トリビア」を転載したものです。IIJ.newsはご希望者へ郵送でお送りしています。また、IIJ WebではPDF版をご覧頂けます

IIJ.news vol.135 もくじ

iijnews135

  • ぷろろーぐ「再び、ヴァスコ・ダ・ガマを」 鈴木 幸一
  • [特別対談]人となり
    株式会社日立製作所 取締役会長 代表執行役 中西宏明氏
    IIJ 代表取締役社長 勝栄二郎
  • Topics 技術革新が進むコンテンツ配信
    • 映像変革の世紀
    • Video over IP ~放送分野で進むIP化
    • ストリーミングの遅延について
    • IIJプレミアムコンテンツ配信サービス
    • IIJのハイレゾ・ストリーミング配信
    • IIJとベルリン・フィルの新たな挑戦
  • 連載
    • 人と空気とインターネット 新たな変革に備える
    • インターネット・トリビア 電子メールと「引用」 ※この記事で掲載
    • グローバル・トレンド EUの新しいデータ保護法

インターネット・トリビア: 電子メールと「引用」

紙とペンで書く「手紙」にはない、電子メール独特の慣習に「引用」があります。電子メールに返事を書くときに、もともとの文章を含める書き方です。

電子メールで文章を引用する際は、「受け取ったメール全文をそのまま引用する」「引用文のあいだに自分の文章を差し込まない」ことが、「マナーである」と言われています。なぜそうすべきなのかという理由は諸説ありますが、「相手が書いた文章を切り刻むのは失礼である」「お互いのやり取りの記録をすべて残すべきである」と理由付けされることが多いようです。

しかし実は、今挙げた「マナー」は、インターネットの歴史のなかで、比較的最近になって言い出されたものです。むしろ、古い時代のインターネットでは真逆でした。つまり、「受け取ったメールは全文引用してはいけません」「引用文のあいだに自分の文章を差し込みなさい」と……。

日本のインターネットがいつから始まったかというのはいろいろな考え方がありますが、電子メール文化は1980年代中頃から後半が起点と言えるでしょう。当初は、もっぱら大学や一部の企業の研究所が、研究を目的とした道具やネットワーク自体の研究のために電子メールを使っていました。そんな時代にとりまとめられた学術ネットワーク「JUNET」の手引き書には、「電子メールの文章はメールの送信者に著作権があるので、許可が無い限り引用すべきではない」と書かれています。著作権について大変厳格に考えられていたようです。

その後、著作権に関する考え方はいくらか緩和され、引用自体は一般的に行なわれるようになりましたが、当時は通信設備が貧弱で、今とは比べものにならないほど少量のデータしかやり取りできませんでした。そこで、データをできるだけ節約するために、「全文を引用するのではなく、必要最低限にとどめるべきである」と言われるようになったのです。また、「引用のどの部分に対してコメントしているのか明確にするため、引用箇所の直後に自分の文章を書くべきである」とも言われていました。今で言う「インラインで失礼します」という書き方のほうが推奨されていたのです。

さらに、1990年代末期から2000年代初頭に個人がインターネットを利用するようになると、電子メールを含む「インターネットの利用」についてのコンセンサスを作ろうという運動が起こりました。「ネチケット運動」です。ネチケットは「ネット」の「エチケット」から作られた造語です。ネチケット運動で取り上げられた電子メールのマナーも、それ以前に言われていたものと大きくは変わりませんでした。この時点では通信環境もかなり改善し、全文引用ぐらいでは支障をきたさなくなっていましたが、従来の議論を踏まえて、「引用は最小限に」「返事は引用のあいだに挟む」ということが引き続き唱えられていました。

ところが、2000年代後半になって、突如「メールは全文引用しないと失礼」と言われるようになりました。なぜ、正反対のマナーが出現したのか?

いまだ定説はありませんが、私はメールのビジネスマナー化がひとつのきっかけではないかと考えています。このころになると、インターネットはビジネスの一般的なツールとして使われるようになり、それまで名刺の渡し方などを指導していた「ビジネスマナー」の講師が、「ビジネスに使うための電子メールマナー」を語り始めるようになりました。私が見聞きした講師の説明では、メールの全文引用を勧めるものが多数だったように思います。

マナーやエチケットは、時とともに変わって当然です。しかし、そう長くないあいだに、マナーと非マナーがこれほど見事に逆転するというのは、とても不思議な現象です。